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【歴史・史跡編】蚕影神社の金色姫伝説

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「金色姫伝説」概要

雄略天皇の時代(478年頃)に、天竺に旧仲国という国があり、帝はリンエ大王といい、金色姫がおりました。後添えの皇后が金色姫を憎み、殺そうとします。

第一…獅子王という獣が巣食う師子吼山に捨てさせましたが、獅子王は金色姫を襲うことなく丁重に宮殿に送り届けました。
第二…鷲、鷹、熊などが巣食う辺境の鷹群山に捨てさせましたが、鷹狩のために派遣された宮殿関係者が発見しました。
第三…海眼山という不毛の孤島に流させましたが、漂着した漁師に保護されました。
第四…清涼殿の小庭に埋めさせましたが、約100日も経った頃、地中から光が差したので、王が掘らせたところ、金色姫がやつれた姿で救い出されました。この時、大王は継母の仕業と知りました。

大王は姫の行く末を嘆き、泣く泣く桑の木で作ったうつぼ舟に乗せ、海上はるかに舟を流して逃がしました。
舟は荒波にもまれ、風に吹かれ、流れ流れて茨城県つくば市の豊浦に漂着しました。
権太夫という猟師に助けられると、その猟師夫婦に大切に看護と世話をされました。しかし、病を得て亡くなってしまいました。
夫婦は不憫な姫をしのんで、清らかな唐びつを割り、姫のなきがらを納めました。ある夜、夢の中に姫が現れ「私に食物をください。後で恩返しをします。」と告げたので、唐びつを開けてみると、姫のなきがらは無く、たくさんの小さな虫になっていました。
丸木舟が桑の木であったので、桑の葉を掘って虫に与えました。虫は喜んで食べ、成長しました。
ある時、この虫たちが桑を食べず、皆いっせいに頭を上げ、ワナワナとしていました。

権太夫夫妻が心配していると、また夢に姫が現れ、この休みは継母から受けた4度の受難の表れだと告げました。「第一“獅子の休”、第二“鷹の休”、第三“船の休”、第四“庭の休”を経て、靭船の中で繭を作ることを覚えた」といいました。
庭の休みのあと、姫が告げた通りに虫は繭を作りました。
繭が出来ると、筑波の“影道(ほんどう)仙人(蚕影道仙人とも呼ばれる)”が現れ、綿糸を紡ぐ技術を教わりました。
さらに筑波に飛来された欽明天皇の皇女各谷姫に神衣を織る技術を教わりました。
これが日本における養蚕と機織の始まりと言われています。
権太夫は、この養蚕業を営んで栄え、豊浦の船つき河岸に新しく御殿を建て、姫の御霊を中心に、左右に富士と筑波の神を祀ったのだそうです。

Wikipedia「蚕影神社」より抜粋
戦国武将列伝Ω 筑波・蚕影神社(蚕影山神社)と金色姫伝説より抜粋

スポット情報

住所 〒300-4212 茨城県つくば市神郡1998番地 MAP
アクセス ■ 車の場合:常磐自動車道「土浦北IC」より約25分。
■ 電車の場合:つくばエクスプレス線「つくば駅」から北部シャトルに乗車して約35分、「筑波山口」下車徒歩約45分。
■ つくタク:田井小学校入口停留所から徒歩約10分
つくタク
電話番号 (筑波山神社)029-866-0502